元祖レールバスが走る  南部縦貫鉄道

青森県北東部の国鉄 野辺地駅から南に延び、七戸までを結ぶ「南部縦貫鉄道」に、富士重工業製造の元祖レールバスが走っていた。
19851010南部縦貫143
わずか20Kmの路線に似合わず、ちょっと大げさな “縦貫” の名が付けられている。
本来は七戸以南も、十和田、五戸を経て、岩手県境の三戸まで延伸する計画であった。
しかし資金調達が困難となり、実現には至らなかった。実現していれば、全線で約60Km、まさに南部地方を貫いていた。

1962(昭和37)年に、東北本線と接続する千曳駅と七戸駅の間が開通した。
1968(昭和43)年には、東北本線の複線電化・新線敷設に伴い、旧線を借用して野辺地まで
延伸した。
1997(平成9)年には休止に追い込まれ、2002(平成14)年に廃止となった。

牧場や針葉樹林、リンゴ園の中を、全長10mの小さなレールバスが走っていた。
撮影:1985年10月、1991年4月
19851012南部縦貫162

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19851012南部縦貫159

国鉄のキハ10が1両あった。レールバスと比べると、随分と大きく見える。
燃料費が嵩むので、稼働は少なかった。
19851012南部縦貫157

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サルの露天風呂

1年で一番寒い時期を迎えています。こう寒いと温泉に入って温まるに限ります。
その気持ちは、猿でも同じようで、猿用の露天風呂はニホンザルで賑わっていました。

地獄谷野猿公苑 長野県山ノ内町  撮影:2022年1月10日
地獄谷022A0217
ここは標高850m、厳冬期には-10℃以下に冷え込むそうです。
一頭の子ザルが、近くの温泉宿の人間用の露天風呂で温まったのがきっかけで、サル専用の
風呂を作ったのが始まりです。
近辺で暮らすニホンザルの群れがやってきて、寒さをしのぎます。
地獄谷022A0252

地獄谷022A0190

地獄谷022A0129

地獄谷022A0037
湯温は40℃、ほとんど眠った状態で、かなり長湯のサルもいます。
ようやく湯から上がると、雪の中をヨタヨタと歩いて行き、休憩しています。
気持ちは分かりますが、“湯冷め”が心配になりました。
地獄谷022A0099

地獄谷022A0237

地獄谷022A0143

地獄谷022A0211

野猿公苑での撮影の前に、江戸の景観を今に残す宿場町に立ち寄りました。
<北国街道 海野宿 長野県東御市  撮影:2022年1月9日
海野宿022A0007

海野宿022A0019
海野宿は、中山道の追分宿から、長野の善光寺にむかう旧・北国街道の、3つ目の宿です。
650m程の区間に、格子戸がはめ込まれた旅籠屋造りの建物などが並んでいます。
用水には洗い場が設けられ、馬に水を飲ませたり、旅人が足を洗ったりしていました。
海野宿022A0023

海野宿022A0031

海野宿022A0018


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関東鉄道常総線 

茨城県取手市の取手駅と、筑西市の下館駅を結ぶ関東鉄道常総線は、109年の歴史があるが、50Km以上におよぶ全線が、今でも非電化で、ディゼルカーが走っている。
20211103常総線022A0072

関東鉄道常総線は、1913(大正2)年に、常総鉄道として取手―下館間 51.1Kmが開業した。
沿線にある気象庁地磁気観測所への影響から、直流電化できず、交流電化もコストがかかるので、現在に至るまで全線が非電化だ。

年代ごとの塗装で、新・旧の車両を振り返る
<1986年>
キハ801   1961年製造 同和鉱業小坂鉄道のキハ2100と同型
19861026関東鉄道014

キハ004   国鉄キハ20の改造
19861026関東鉄道016

キハ703   1954年製造
19861026関東鉄道019

<2002~2011年>
国鉄キハ30
20020120常総線700

20031124関東鉄道780

20031124関東鉄道常総線765

20070819関東鉄道常総線167

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20110910関東鉄道常総線396

国鉄キハ35
20020120常総線703

20110910関東鉄道常総線399

20111002関東鉄道キハ35013

キハ2200形
20020120常総線701

DD502   1956年製造、関東鉄道オリジナルのロッド式・セミセンターキャブのディーゼ機関車
        1984年以降は、ほとんど使われていない。
20020120常総線705

<2021年>
キハ2200形
20211103常総線022A0020

キハ2401と、2402の2両が、1970年代の旧塗装に塗り直されて走っている。
20210801常総線022A0547

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20210801常総線022A0567

20210801常総線022A0582

20210801常総線022A0600

20211103常総線022A0054

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除雪用機関車 DD14、   DD53

冬型の気圧配置が強まり、大雪となると、交通機関が麻痺してしまう。
そんな時は鉄道も道路も、除雪車の出番となる。
JRには、除雪専用の機関車がある。回転した羽で雪を掻き飛ばすロータリーヘッドを押してゆく
機関車だ。
除雪の本番中は、なかなか撮影のチャンスが無いが、臨時旅客列車の牽引を撮影した事がある。パワーはあるが、武骨な機関車だ。

<DD14>
中型機、DD13をベースに開発された機関車。
上越線開業77周年を記念して、2008年3月に、長岡―高崎 間で臨時列車を牽引した。
20080329水上234

<DD53>
豪雪地帯の新潟で湿った雪が降ると、DD14では力不足になる事がある。そこで大型機のDD51をベースに設計されたのが、DD53だ。
2006年11月、磐越西線のSL列車「ばんえつ物語」を牽引するC57が検査入場の際、代走した。
20061030磐越西線067

20061031磐越西線075

20061030磐越西線068

20061031磐越西線076

20061104磐越西線085

20061104磐越西線081

20061031磐越西線071

20061031磐越西線077

20061030磐越西線069

20061103磐越西線084

現在は、性能の良いモーターカーが開発されて、DD14、DD53ともに廃車となった。

今回、写真を整理していたら、かつて大宮機関区でDD14に似た機関車を撮影した事を思い出した。ネガを探してみた。
19690907大宮機関区他128A
撮影:1969年9月7日 大宮機関区
ナンバープレートが付いていなかったので調べてみたら、DD90(元DD41)だった。
試作された「電気式ディーゼル機関車」だ。通常のディーゼル機関車は、軽油を燃料にエンジンを動かして駆動力を引き出すが、電気式は、ディーゼルエンジンで発電して、その電気でモーターを回して走る仕組みだ。
電気式は、日本では戦前から開発を試みていたが、機器の性能不足や重量増がネックとなって、本格導入されなかった。
写っているDD90は、大宮機関区所属で、大宮駅や操車場で車両の入れ替えを担当していた。
1971(昭和46)年3月に廃車となった。
貴重な映像を見つけたので、掲載しました。

※当時は、事務所で断りを入れると、機関庫の中でも撮影できました。
  私は中学生で、学校が終わるとカメラを持って、度々通いました。

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台湾有事と周辺事態

2022年1月1日
あけましておめでとうございます。
本年も、当ブログにお立ち寄りいただきまして、ありがとうございます。

<西伊豆・雲見から見た富士山
20060205西伊豆雲見945

<茨城・大洗海岸の日の出
20180114大洗022A0051

新年、早々に物騒なお話で恐縮です。

T君」との付き合い方を巡って、「A君」と「C君」が喧嘩を始めました。
喧嘩の場所は、C君の家と、T君の家の間を流れる、幅の狭い川です。

A君は、喧嘩場所の近くに住む友達の「J君」も連れて行きました。
A君は、J君に言いました。「君は前に出なくて良いから、後ろから、相手に投げつける石を僕に渡してくれ。それから喧嘩が長引くとお腹が空くから、ハンバーガーも差し入れてくれ」と。

日頃、両親から「喧嘩をしてはダメだ」と言われているJ君は、「僕が直接喧嘩をする訳で無いから大丈夫だ」と勝手に考えて、A君に付いて行きました。

いざ喧嘩の場所に行って見るとC君は、「A君とJ君は一体だから、両方に石を投げるぞ」と言いました。
J君は慌てて、「僕は後ろにいるだけだから関係ないよ」と言いましたが、その考えは、喧嘩の場所では通用しませんでした。

J君に石を投げつけるかどうかは、C君が決める事だったのです。
こうして、4人による石の投げ合いが始まりました。

この喧嘩の結末がどうなったかは分かりませんが、A君、C君、T君、J君ともに大ケガをしたそうです。

どうか、平穏な日々が続きますように・・・


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冬枯れから雪景色へ ~佐渡島のトキ~

悪天候の日を狙って、佐渡島の朱鷺トキ)を撮影に行きました。
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撮影:2021年12月23~25日
朱鷺は基本的に群れを成して生活していますが、この時期になるとペアでの行動が多くなります。そして翌年4月以降の産卵に備えます。
数羽から10羽程度の群れや、単独行動の個体も見られます。
3羽での餌探しは、「ペア+1羽」なのか、「友達程度のグループ」なのか分かりません。
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鳥は、飛ぶ能力を得るため、体の構造が軽くなるよう進化したので、“食いだめ”ができません。
佐渡島の朱鷺は、日の出から日没までの大部分を、田んぼでの餌探しに費やしています。
ドジョウやカエル、地面を突いた際にびっくりして出てきた虫などを食べています。
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各自、思い思いに地面を突いていますが、突然、申し合わせたように動きを止める事があります。飛翔間近です。
こうなると、シャッター半押し状態(オートフォーカスのピントを合わせ続ける状態)で、神経集中です。
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「ここは餌がないねえ」
「他の田んぼに移動しようか」
「そだねー」
と言う会話があるかどうかは知りませんが、タイミングを合わせて一斉に飛び立ちます。
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サリガニらしき餌をくわえて飛翔する2羽
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口ばし部分をトリミングすると・・
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撮影3日目、夜明け前から降っていた雨は、雪に変わった。
午後になると、地面が白くなった。
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もっと雪深い景色の中で撮影したいが、天気予報では、数年に一度規模の寒波襲来で、大雪の被害が予想されている。
今回は、これで引き揚げよう。




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武蔵野の原風景

日本列島全体に寒気が流れ込み、日本海側や北日本では大雪に見舞われているが、関東平野だけは快晴が続いている。
クヌギやコナラの雑木林はすっかり落葉して、冬の陽が長い影を落としている。
落葉は農業用の堆肥に、伐採した樹木は薪炭として利用する。
里山で暮らす人々の知恵だった。
そんな武蔵野も、すっかり都市化されてしまったが、わずかに原風景が残っている。
冬晴れの日に、2つの寺を訪れた。

撮影:2021年12月18日

平林寺  埼玉県新座市
平林寺DSC00007

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平林寺DSC00012

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多福寺  埼玉県三芳町
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昔のレンズを使ったので、太陽を入た画面には、ゴーストが出ています。
それを逆手にとって、空気の透明感を表現してみました。
デジタル時代になって写真を始めた人は、「ゴーストって何?」と思うでしょうが、昔のレンズは、かなり出ていました。
最近の素晴らしいコーティングのレンズでは、ほとんど出ません。
画面に太陽を入れたら、「アッ、出た!!」と言う感じで、昔を思い出しました。

使用カメラ: SONY α7
使用レンズ: MINOLTA MD 20mm F2.8
         MC W.ROKKOR 28mm F3.5
         Carl Zeiss Vario-Sonnar 35-70mm F3.4
         Carl Zeiss Vario-Sonnar 80-200mm F4
         Carl Zeiss Makro-Planar 100mm F2.8

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霧に白鳥

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20170114越辺川LQ3A0129

随分と前の話になるが、自分が担当する番組で、俳人の金子兜太(かねこ・とうた)さんに出演してもらった事がある。

金子兜太さん(大正8年―平成30年)は、大学卒業後、日本銀行に入行する。
海軍中尉として戦場に赴くが、復員後に復職して、戦後の社会性俳句運動に参加した。
作品は「五・七・五」の型にとらわれない前衛俳句として知られる。

番組への出演依頼で、自宅を訪れた。応接室に通されると、色紙に書いた兜太さんの作品が並んでいた。
打ち合わせの本題に入る前に、兜太さんはいきなり、作品のひとつを指して、
「君、これが分かるか?」と聞いて来た。
色紙には「霧に白鳥白鳥に霧と言うべきか」と書かれていた。
映像に携わる者として、その情景はすぐにイメージできた。しかし、そのまま答えてしまったら面白くない。私は4、5秒考えて、「闇夜にカラスの反対ですね」と切り返した。

そのとき兜太さんが笑っていたのか、うなずいていたのか、もう昔の事なので忘れてしまったが、「白鳥」と「カラス」を対比した事だけは、今でも覚えている。

20091231菅生沼141

20101229越辺川004

20211210瓢湖LQ3A0661

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20110109越辺川014

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20211210瓢湖022A1476


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「伽藍」を魚眼レンズで撮る

伽藍(がらん)」は、本来は僧侶が集まり、修行する場所の意味だった。
後に、寺院の主要建物や、その配置を意味するようになった。
仏教寺院の様式は、インドから中国を経て、日本に伝わった。
日本では飛鳥時代になると、釈迦の仏舎利を祀る塔を中心に仏殿を配置し、それらを回廊で囲む「伽藍」が出来上がった。時代や寺院、宗派によって配置に特徴がある。

伽藍配置を写真に収めようとすると、広角レンズを使っても、全体が入らない。
ならば画角が180度の魚眼レンズを使ってみよう、と言う事にした。
奈良法隆寺薬師寺を撮影した。

法隆寺
法隆寺は607年、聖徳太子によって建造された、とされている。
現存する世界最古の木造建築物群だ。
「南門」を入ると「中門」があり、回廊に四角く囲まれた中に、「五重塔」と「金堂」が東西に並ぶ。
法隆寺848

回廊が直交する地点に立ち、画角180度の魚眼レンズで五重塔を見ると、すっぽりと全体が収まった。摩訶不思議な感覚だった。
20191124法隆寺DSC00008

20040926法隆寺822

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20040926法隆寺771

薬師寺
「南門」をくぐると「中門」があり、そこから北に「金堂」と「講堂」を配置する。
中門と講堂は、四角い回廊で結ばれ、伽藍内の金堂の左右に「東塔」と「西塔」が
ある。
薬師寺849

どうやっても通常のレンズでは、全体をフレームに入れるのは無理だ。
魚眼レンズを付けて、真上を向いて、無理やりフレームに押し込んだ。
薬師寺008

20000721薬師寺776

20051127薬師寺774
西塔は1528年に戦火で消失した。
中学生の時、修学旅行で訪れた際は無かった。
1981(昭和56)年に、453年振りに再建された。

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ストーブ列車が走る 津軽鉄道

師走になって、青森県の津軽鉄道で冬の風物詩、ストーブ列車が走りはじめた。
19900107津軽鉄道623

199001津軽鉄道004
ストーブ列車は、12月から3月まで、「だるまストーブ」がある客車を、ディーゼル機関車が牽いている。
機関車に暖房供給装置がないので、客車内にストーブを置いている。
車内では、乗客が冷えた爪先をストーブで温めたり、スルメを炙ったりしている。
時々、車掌さんが来て、石炭をくべて行く。
ストーブ列車は、プライベートで1回、仕事で1回、撮影している。

撮影:1990年1月
機関車は、DD350型(DD351)
199001津軽鉄道007

19900107津軽鉄道617

客車は、オハフ33 オハ46
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通常の列車は、JR東日本からの譲渡車両 キハ22(撮影当時)
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19900109津軽鉄道637

津軽半島は有数の豪雪地帯だ。地吹雪で知られる。
日本海を渡ってきた強風が、雪を真横に飛ばしてゆく。肌に刺す。
車を運転していたら突然、ホワイトアウトの中に入って、身動きがとれなくなった。
ストーブ列車は、五所川原から中里まで、そんな雪原の中をゆっくりと走って行く。
19900109津軽鉄道636


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プロフィール

乙山 真

Author:乙山 真
埼玉県出身
中学生のころ写真を始める
民放のテレビ局でディレクター、記者、ニュースデスク、プロデューサーなどを経験
退職後は写真三昧の生活

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