西之島新島 上陸記

東京から南に1000Km、小笠原諸島の父島から西に130Kmの太平洋上に西之島がある。ここ数年、噴火して面積が増えたと、時々ニュースになっている。
実は、筆者は1976年に、調査のため、西之島(西之島新島)に上陸している。取材メモは存在していないが、フィルムを見ながら、当時を思い出してみた。

撮影:1976年8月25日~9月7日 (西之島新島上陸は9月3日)
小笠原諸島 父島
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南極観測船「ふじ」
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私が乗船したのは「ふじ」ではない。次の写真の小さな船「望星丸」だ。
「ふじ」は、我々が父島の二見港を出港する時に偶然、入れ違いに入港してきた。

父島の二見港に停泊する「望星丸」  接岸できないので、投錨仮泊だ
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太平洋での海洋観測
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OGB76-3070改

西之島は、水深4000mから成る海底火山だ。富士山より少し高い山の頂上が、海面から出ているようなものだ。
1973年に、島の東方600mの海底が噴火して、“新島”が誕生し、「西之島新島」と名付けられた。“新島”は、東西550m、南北200~400mで、やがて“旧島”とつながった。

海上から見た、「西之島」と「西之島新島」
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上陸の前に、島を一周した
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右が「旧島」 左が「新島」
両島の間に立つビルのようなものは「火道」=マグマの通り道
周りが侵食されて火道だけが残っていた
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私が上陸した1976年は、2つの島がつながっていた時だ。
本船からボートに乗り替え、最後は海にジャボンと飛び込んで上陸した。

“旧島”は高い山がなく、テーブル状の島で、カツオドリの楽園だった。
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“新島” から “旧島” を望む
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西之島新島
表面は安山岩で黒く、かなり熱かった記憶がある。
ボートでの上陸で、ライフジャケットを着ていたので、よけいに熱かった。
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“新島” は数年の後、波に侵食されて消失した。
現在の西之島は、2013年以降の複数回の噴火で拡大し、新しい火口からの溶岩が“旧島”を完全に呑み込んでいる。
現在は「西之島新島」とは言わずに、全体で「西之島」と呼んでいるようだ。

太平洋に沈む夕日
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私が西之島新島に上陸したのは、島が太平洋の真ん中に誕生してから3年くらい経った頃だ。島に生物の生態系は形成されていなかったが、オイルボールはしっかりと漂着していた。
海洋でのオイルボールは、原油を降ろしたタンカーが、バランスをとるために積んだ海水を、産油国付近で捨てた廃棄物に由来している。どうしても船倉の残油が海洋に出てしまう。海の表面に薄い膜で広がった原油は、波に揉まれるうちに小さな球形になって漂う。西之島新島では、直径1cmほどのオイルボールを幾つも見つけた。
オイルボールについては、問題視する学者はいたが、あまり騒ぐと石油の輸入ができなくなるので、経済を優先する人達は無視した。
環境問題は結局、生態系の事より、お金が絡んだ問題が優先し、更に声の大きい方の意見が通ってしまう。

タンカーに積んだ海水を捨てる行為では、オイルボールの他に、プランクトンのグローバル化が問題だとも言われている。
例えば、日本で原油を降ろしたタンカーは、航行中のバランスを保つために港付近で海水を積み込み、アラビア半島付近で捨てる。すると日本の海にいたプランクトンが中東にまで広がる事になる。これが世界規模で行われている。
小さな生物であるが、海水を捨てられた地域の生態系に影響する。
しかし、これをやめさせると石油が輸入できなくなるので、今、プランクトンのグローバル化を問題視する人は、少ない。



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朱鷺 2014年

2014年に撮影した、佐渡島の朱鷺の写真をまとめました。
撮影:2014年1月17~19日
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撮影:2014年6月27~30日
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撮影:2014年10月19~21日
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兵庫県豊岡市の放鳥コウノトリ

2020年5月26日
佐渡島で人口繁殖させたトキの放鳥を行っているように、兵庫県豊岡市では、特別天然記念物コウノトリの放鳥を行っている。

豊岡市の放鳥コウノトリ
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豊岡市は、国内最後の野生コウノトリの生息地で、トキでいえば佐渡にあたる場所だ。
野生コウノトリは、農薬使用などの環境悪化で生息数が減少し、1971年に絶滅した。
以後、人口飼育に取り組み、豊岡では2005年に5羽が試験放鳥された。
2020年1月現在では、兵庫を中心に福井、京都、徳島、千葉などで176羽が自然界で棲息している。
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人口繁殖をしている「兵庫県立コウノトリの郷公園」を訪れて驚いたのは、飼育ゲージに屋根がなく、餌を与える時間になると “自然界のコウノトリ” もやって来て、 “飼育コウノトリ” と一緒に餌を食べていた事だ。
担当者の説明を聞いて更に驚いたのは、「この地区にはコウノトリが50羽しかいません。それ以上は、餌の量に限りがあって棲息できないので分散放鳥しています」との事だった。
自然復帰と言っても、ある程度は管理している。

兵庫県立コウノトリの郷公園の飼育施設
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飼育施設の近くに作られた人工の巣
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佐渡のトキは、「野生復帰ステーション」1か所で、年に40羽ほど放鳥していて、どこに棲むかはトキ自身に任せている。現在、約400羽が自然界で棲息しているが、餌は自分で探さなければならない。
トキとコウノトリでは、やり方が随分と違う。

コウノトリの話を聞いて思ったことがある。
いったい佐渡には何羽のトキが棲めるのだろうか? 
トキは田んぼに入って、餌のドジョウやカエルを探しているが、佐渡は今、早苗の季節を迎えている。
増えすぎて “害鳥” にならないだろうか? 
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田んぼで水浴びをするトキ 新潟県佐渡市  撮影:2019年6月

朱鷺 2015年

撮影:2015年1月18~20日
冬山を背景に
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冬の田んぼで
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その他の飛翔
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撮影:2015年6月26~29日
営巣をしている4月~5月にかけては撮影を遠慮して、例年、この時期に撮影に入ります。この年に巣立った幼鳥は、親鳥と一緒に田んぼに出て来ます。まだ餌を探すのが不得意で、親から”おねだり”をしている姿が見られます。

巣立ったばかりの幼鳥
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親鳥と一緒に餌を探す
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親鳥(右)と幼鳥(左) 幼鳥は顔が黄色
この時期、幼鳥は親と行動を共にする
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幼鳥2羽で飛翔の練習
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親鳥(左)と幼鳥2羽
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”おねだり”をする幼鳥(右)
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青田を渡る風とともに
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飛びながら糞をした瞬間
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南海トラフ地震

2020年5月21日
日本の海岸線を旅していると、どこに行っても美しい風景に出会う。平地が少ないので、人々は海の近くに家を建て、漁に使う船を自宅近くに繋いでいる。暮らしと海が密着している。
20190519 京都府伊根町
京都府伊根町
20190519 京都府伊根町2

20191225舞鶴市
京都府舞鶴市

東北の太平洋側は、残念ながら2011年3月の大震災で津波に襲われてしまい、壊滅的な被害を受けた。茨城から岩手まで、延々600Kmにおよぶ高さ12mの防潮堤が建設されていて、ここでは人々の生活と海が、完全に分断されている。
20190812 釜石市鵜住居町
岩手県釜石市

20200315南相馬市小高区
福島県南相馬市

今、南海トラフ地震の発生が危惧されているが、先の震災の教訓を生かして、「想定外に備え、予め巨大な防潮堤を作っておこう」という場所は、見当たらない。
東日本大震災は太平洋プレートと北米プレートの境界で発生したが、南海トラフ地震は、フィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界で発生するとされている。
政府の中央防災会議の被害想定によれば、静岡県から宮崎県にかけて、最大震度7、太平洋側に高さ10~20mの大津波が襲来するという。
被害想定地域になっている紀伊半島の海岸を旅すると、冒頭に書いた、美しい日本の原風景が広がる。
20190324 和歌山県那智勝浦町浦神
和歌山県那智勝浦町

旅人にとっては癒される風景ではあるが、ここに住んでいる人は、心配なく日々の暮らしを送っているのだろうか? と、ふと思った。

大阪万博  EXPO’70

2020年5月17日
新型コロナウイルス関連の記者会見で、度々、大阪府知事が登場しています。
府知事は「EXPO 2025」のジャンパーを着ていて、来るべき大阪万博をPRしています。その姿を見て、1970年の大阪万博を思い出し、昔のフィルムを引っ張り出してスキャンしてみました。だいぶ脱色していましたが、補正して、何とか色彩が戻りました。

EXPO’70、日本万国博覧会は1970年3月から9月まで、大阪府吹田市の千里丘陵で開催されました。私は中学3年の修学旅行で、定番の京都・奈良の寺院にスケジュールが追加されて行きました。
撮影:1970年5月
<修学旅行専用列車 わかくさ号>
大阪万博082再修正
当時、東海道新幹線は東京―新大阪が開通していましたが、“中学生に新幹線は贅沢だ”ということで、品川―京都の往復は修学旅行専用列車を利用しました。
往路は10時頃に品川発、京都着は夕方でした。
復路は京都を夜に出発し、品川着は朝6時頃、学校解散は8時頃でした。
大阪万博083
中学3年生の時の筆者

<太陽の塔>
博覧会のシンボルです。
大阪万博002太陽の塔
今も万博記念公園にポツンと建って(立って)保存されていますが、当時は中間に屋根があって、全体をフルショットで見る事は出来ませんでした。
大阪万博019太陽の塔

大阪万博051太陽の塔

大阪万博055太陽の塔
EXPO’70は千里丘陵の330ヘクタールを切り拓き、世界の77カ国と、16の国際機関や都市などが参加して、半年間で6400万人が訪れました。テーマは「人類の進歩と調和」。
当時、日本は高度成長期の真っただ中にありました。

修学旅行での万博会場の行動は、団体行列ではなく、“グループ行動“になったので、私は写真好きの仲間10人位で、パビリオンの写真を撮りまくっていました。
分かる範囲内で各国のパビリオンの名前を調べて見ました。

<フランス館>
大阪万博005フランス館

<スイス館>
大阪万博020スイス館

大阪万博008スイス館

<ソビエト館>
大阪万博009ソビエト館
ソビエト社会主義共和国連邦です

<英国館>
大阪万博044英国館
グレート・ブリテンの人は、日本人に“イギリス”と言われるのが嫌なようです。イングランドだけをイメージされるからです。これは、後になって英国大使館関係の人に聞いた話です。
パビリオンの壁には漢字で“英国”と書いてありました。

<オーストラリア館>
大阪万博073オーストラリア館

<ドイツ館>
大阪万博070ドイツ館
ドイツとは「西ドイツ」の事です。「東ドイツ」は不参加でした。
ちなみに台湾は、「中華民国」という正式国名で参加しています。当時「中華人民共和国」は、日本と国交がありませんでした。

<ブリティッシュコロンビア州館>
大阪万博054ブリティッシュ・コロンビア州館

<エキスポホール>
大阪万博061エキスポホール

<動く歩道>
大阪万博065動く歩道
太陽の塔の手前にある橋は、「動く歩道」です。
今では当たり前に存在する物が、当時、初めて世の中に登場しています。
動く歩道、電気自動車、携帯電話、缶コーヒー・・・などです。

日本国内の団体や企業なども32のパビリオンで参加しています。
<富士グループパビリオン>
大阪万博036富士グループパビリオン

<住友童話館>
大阪万博039住友童話館

<東芝IHI館>
大阪万博041東芝IHI館

<サントリー館>
大阪万博042サントリー館

<電気通信館>
大阪万博048電気通信館

<鉄鋼館>
大阪万博006鉄鋼館

<三菱未来館>
大阪万博064三菱未来館

<ガスパビリオン>
大阪万博071ガスパビリオン

<古河パビリオン>
大阪万博013古河パビリオン

大阪万博018古河パビリオン

<その他のパビリオン>
大阪万博003

大阪万博007

大阪万博015

大阪万博016

大阪万博017

大阪万博021

大阪万博026

大阪万博029

大阪万博031

大阪万博037

大阪万博049

大阪万博068
古い写真にお付き合い頂きまして、ありがとうございます。
会場には午後5時頃から夜まで滞在したと、記憶しています。
露出もピントもマニュアルのカメラ(オリンパスペン D2)で撮影しています。
写真を始めて間もない頃の作品なので、構図の作り方が出来ていませんが、フィルムサイズが小さいので、極力トリミングをしないで使用しました。
露出の適正範囲が狭いポジフィルムを使用していますが、夜景の露出は大体OKのようです。




朱鷺 冬景色

撮影:2016年1月2~5日
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イチリンソウ と オオイヌノフグリ

2020年5月7日
撮影旅行のできない日々が続く中、カメラを持って自宅近くを散歩した。
田んぼの畔にはタンポポやヒメジョンなど、春の花が咲いている。
地面を這うように、オオイヌノフグリも小さな青い花を付けている。
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オオイヌノフグリ さいたま市内

通常はこの時期、長野県に出かける事が多い。
ギフチョウ、クモマツマキチョウ、カタクリ、残雪のアルプスなどを狙う。
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残雪の北アルプス 長野県白馬村

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カタクリの花に止まるギフチョウ

とある公園では、柵の内側にイチリンソウが綺麗に咲いている。
花は柵に守られている。
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イチリンソウ 長野県白馬村

綺麗な花を大切にする気持ちは、誰もが否定はしない。どの観光客も優しい気持ちでイチリンソウを見ているに違いない。しかし訪れた人は、柵の外に咲くオオイヌノフグリには視線を落とさず、踏みつけている。
綺麗な花は大切にしなければならないが、雑草のオオイヌノフグリは踏みつけても良いのか?
同様な事を、佐渡島でも感じる。
トキは警戒心の強い鳥なので、驚かさないよう、観察する際は車から出ないのが佐渡のルールだ。私も車内から撮影している。
でも、田んぼにいるサギの近くを車で走ってビックリさせても、誰からも咎められない。
トキは国際保護鳥だから大切だが、サギは大切でないのか?
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トキ(右)とアオサギ 新潟県佐渡市

人間には誰でも平等な重さで“人権”がある。
動物や植物の“生存する権利”はどうなのか?
自然生態系の中では、適応力の有無で勝者が決まるが、人間の勝手な価値判断で差別してはいないだろうか?


朱鷺 青田の中で

撮影2016年7月1~4日
巣立ったばかりの幼鳥
この時期、巣立ったばかりの幼鳥が、ひとりで飛び始めます。親と違って、顔が黄色です。
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篠突く雨の中で
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成鳥の飛翔
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朱鷺 稲刈りの季節

撮影:2016年9月26~29日
この時期の朱鷺は繁殖期色の黒味がかった羽から、本来の朱鷺色の羽に変わり、1年で最も美しい姿になります。
農作業の多い時でもあり、朱鷺たちは稲刈りの終わった、人のいない田んぼに集まってきます。
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この年に生まれた幼鳥
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黄色い顔は、この頃には赤くなっていますが、目のあたりは少し窪んだ感じです。
羽はまだ朱鷺色でなく、全体に白色です。

頭の後ろには、長い羽が垂れ下がっています。冠羽(かんう)といいます。
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冠羽がある鳥は何種類もあって、仲間とのコミュニケーションや異性へのアピール、敵を威嚇するなどの用途があるようです。
しかし朱鷺を撮影していて、この冠羽を利用している行動は、まだ見た事がありません。

雨で羽が濡れてくると、時々、ブルブルッとやって水滴を払います。
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塒(ねぐら)の近くにある、止まり木
田んぼで餌を食べ、満腹になると、塒近くに戻って来て休憩します。
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プロフィール

乙山 真

Author:乙山 真
埼玉県出身
中学生のころ写真を始める
民放のテレビ局でディレクター、記者、ニュースデスク、プロデューサーなどを経験
退職後は写真三昧の生活

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