築地 魚河岸 1970’s

東京都中央卸売市場、いわゆる築地市場豊洲に移転して、間もなく2年になります。
1970年代、築地に何度も通って市場の様子を写真に記録しています。
自宅の最寄り駅を朝一番の電車に乗り、有楽町駅から晴海通りを歩いて築地に向かうと、競り開始前に市場に着きました。
当時、観光客は全くおらず、“見学者問題”も無く、カメラを持って競りの中に入っていました。現在では、競りを間近に撮影するのは不可能と思います。

およそ半世紀前の築地の賑わいをご覧ください。

撮影:1972~73年
<競りの前>
競りの前、競り場の前の岸壁や、通路にもいっぱいにマグロが並べられます。冷凍の“遠洋物”の他、冷凍していない“近海物”も結構ありました。競り人たちは、尾の部分を確認して品定めをしていました。
また当時は、墨田川に面した岸壁に直接、漁船が接岸していました。
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<競り>
時刻は6時50分頃と記憶しています。“チリン、チリン、チリン”と鉦が鳴ると、競りの始まりです。
競り人の、低い潰れた声が、あちらこちらで湧きおこります。買い手は指の形でサインを送り、値段を決めていきます。
「ハチマル」とか「ピンマル」で競り落とされます。聞いてみたら、「ピンマル」は1Kgで1000円の意味との事でした。その値段にマグロの重さを掛けた値段が、1尾の値段です。
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<競りの後>
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<仲卸>
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<場内の光景>
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貨物専用の“国鉄 汐留駅”があって、鮮魚の貨物輸送が行われていました。
場内にまでレールが延び、貨物列車が直接入ってきます。
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tag : 築地市場 魚河岸 東京都中央卸売市場 豊洲

神戸(ごうど)の大イチョウ

長野県飯山市にイチョウの巨木がある。「神戸(ごうど)の大イチョウ」と呼ばれている。
大イチョウ_DSC0049
撮影:2020年7月31日  長野県飯山市瑞穂大字神戸

巨木の存在は15年ほど前から知っていた。
近くに菜の花畑があって、ゴールデンウイークの頃、千曲川と残雪の山をからめて撮影に来た事がある。
しかし大イチョウは、どう撮って良いか分からず、まともに向き合って来なかった。
ただ撮っただけでも十分に大きいのだが、それだけでは大きさの表現として納得できない。長年、考えていたが答えが出ない。

とりあえず一度、撮影してみよう。
大イチョウ DSC0054

大イチョウ DSC0075

大イチョウ DSC0103

大イチョウ_DSC0106改
部分、部分のつなぎ合わせで、幹の太さは分かると思うが、高さが表現できていない。

大イチョウは長野県の天然記念物に指定されていて、県内最大だ。
案内板によると、幹囲14.7m、樹高36mだ。樹齢については明確な記述がないが、この地区には、鎌倉時代からの伝承があるという。ならば樹齢は700~800年になる。
全国には樹齢1000年以上のイチョウがあるようなので、伝承は信用する事にした。

今度は、黄色一色に染まった秋のイチョウを撮影してみたい。


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tag : 大イチョウ 飯山市 神戸の大イチョウ

渡良瀬遊水地のコウノトリ

栃木、茨城、群馬、埼玉の4つの県にまたがる渡良瀬遊水地に、コウノトリが棲息している。
日本のコウノトリは1971年に絶滅し、兵庫県豊岡市で人口飼育が始まった。
2005年以降、自然界への放鳥とともに、福井、京都、徳島、千葉などで分散飼育が行われている。  
※2020年5月26日付 「兵庫県豊岡市の放鳥コウノトリ」 参照

ここでは、千葉県野田市生まれの4歳のオスと、徳島県鳴門市生まれの2歳のメスが定住し、今年夏、2羽の雛が誕生した。4羽の家族となった。
遊水地には、その他の1羽を加えて、5羽が棲息している。
渡良瀬遊水地の歴史については、2020年6月13日付 「死の谷 足尾Ⅰ」参照

撮影:2020年9月11日
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tag : コウノトリ 渡良瀬遊水地 豊岡市

東海道本線 懐かしの機関車たち

撮影:1975年3月
この月に、新幹線が博多まで延伸し、多くの長距離列車が消滅しました。
そのひとつが日本最長の「急行 桜島高千穂」です。「桜島高千穂」は東京―西鹿児島間、1595Kmを、約29時間かけて走っていました。

<沼津駅>
EF65 特急 あさかぜ
1975 東海道本線016 EF65 特急あさかぜ

EF58 急行 桜島高千穂 上り 西鹿児島発 東京行き
1975 東海道本線031 EF58 急行 桜島高千穂

EF58
1975 東海道本線056 沼津駅 EF58

EF58 EF65 72系電車
1975 東海道本線029 沼津駅

80系 113系
1975 東海道本線053 沼津駅 80系 113系

80系
1975 東海道本線054 沼津駅 80系

<三島―函南>
当時は東京と九州を結ぶ寝台特急が全盛でした。三島辺りの通過は夜明け以降の時間帯で、撮影ポイントで待っていると、次々に駆け抜けて行きました。

EH10
1975 東海道本線006 EH10

EF66
1975 東海道本線028 EF66

EF60
1975 東海道本線030 EF60

EF65 特急 みずほ
1975 東海道本線027 EF65 特急 みずほ

EF65 特急 あさかぜ
1975 東海道本線033 EF65 特急あさかぜ

EF65 特急 さくら
1975 東海道本線037 EF65 特急 さくら


EF65 特急 はやぶさ
1975 東海道本線038 EF65 特急 はやぶさ

EF65 特急 富士
1975 東海道本線048 EF65 特急 富士

153系 急行 東海
1975 東海道本線035 153系 急行 東海

EF58 急行 銀河
1975 東海道本線036 EF58 急行 銀河

EF58 荷レ
1975 東海道本線046 EF58 荷レ

80系 普通 東京行き
1975 東海道本線047 80系 東京行き

EF13
1975 東海道本線049 EF13

EF58+12系
1975 東海道本線055 EF58

<根府川>
EF58 60 荷レ
1975 東海道本線050 EF58 60

EF58 急行 桜島高千穂 下り 東京発 西鹿児島行き
1975 東海道本線051 EF58 

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tag : 東海道本線 EF58 EF65

8月の朱鷺(トキ)

佐渡島のトキは、日の出とともに塒(ねぐら)を飛び出し、日がな一日、田んぼで餌を探している。
7月上旬以降は稲の丈が伸びて、なかなか見つけられないので、次に撮影に行くのは、稲刈りが始まった9月中旬以降になってしまう。事実、8月に撮影した事はなかった。初めて8月の撮影に出かけた。

撮影:2020年8月30日~9月1日
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トキの写真の攻略法は、大きく分けて「地上戦」と「空中戦」の2つがある。
「地上戦」は、田んぼに降りて餌をさがしているトキを見つけ、飛ぶのをひたすら待つ。
しばらくして飛び立つ場合もあるが、何時間も地面を突いている事が多い。その時のポイントは風向と光線状態だ。鳥は風上に向かって飛び立つ。飛行機の離陸はこれを真似しているのだ。
佐渡トキは微風でも感じ取っているようだ。だから私はトキの風上に回ってカメラを構える。飛び立つ瞬間にシャッターを切れた時は私の勝ち。根負けして諦めたら負けだ。

「空中戦」は、トキの来そうな場所や、お気に入りの“止まり木”付近でカメラを構え、飛来するのを待つ戦法だ。予想が当たった時は私の勝ちだが、空振りも多い。
トキは警戒心が強いが好奇心も多く、コースを変えて、わざわざ私の頭上を通過する時もある。
その時は、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、と4回、風切り音が聞こえる。

「地上戦」「空中戦」ともに根気との闘いだ。
これ以外にも「ただ運が良かっただけ」というのもある。
いい写真には、“時の運”が影響している場合もある。

「地上戦」の今回の成果
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「空中戦」の今回の成果
今回のテーマは「流し撮り」です
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tag : 朱鷺 佐渡 トキ

参宮線のキハ75 と キハ25

数年前の伊勢旅行の際、海沿いを走る参宮線の線路を見つけた。いつか撮影してみたいと思い続けていたが、ようやく実現した。
参宮線は、その名の通り ”お伊勢参り” のために作られた鉄道だ。

撮影:2020年8月25日
松下―鳥羽
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二見浦―松下
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五十鈴ヶ丘―二見浦
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宮川―山田上口
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多気―外城田
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tag : 参宮線 キハ75 キハ25

室生寺 と 赤目四十八滝

奈良県と三重県の県境近くの山中にある「室生寺」と「赤目四十八滝」を訪れた。
撮影:2020年8月24日

室生寺
室生寺は、奈良県北西部の室生(むろう)の地にある山岳寺院だ。写真家 土門拳が何度も通って撮影した寺で、平安時代前期の建築や仏像を、今に伝える。
和歌山県の高野山が女人禁制だったのに対し、室生寺は女性の修行を認めていたので「女人高野」と呼ばれる。

山門
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仁王門
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国宝 金堂
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国宝 本堂
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本堂と五重塔(画面左端)
20200824本堂と五重塔 _DSC0021

国宝 五重塔
西暦800年建立 
木造の五重塔では、法隆寺に次いで2番目に古い。高さ16.1mは最小
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赤目四十八滝
三重県名張市の滝川渓谷にある滝の総称。およそ4Kmに渡って、大小の滝が連なる。本当に48滝あるかは、数えていない。
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この地も山岳信仰の聖地で、修行の場であった。
「赤目」の由来は、役行者(えんのぎょうじゃ)が修行中に、赤い目の牛に乗った不動明王に出会ったとの言い伝えがある。
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暑さと三脚の重さに耐えられず、半分ほどの行程で駐車場に戻った。
水の流れの表現でスローシャッターを切るため、大きめの三脚を持って上流に向かったが、それがアダとなった。

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tag : 室生寺 赤目四十八滝 旅日記

伯備線 再び

前回の遠征(7月9日)では撮り足りなかったので、再び訪れました。
撮影:2020年8月21日
生山―上石見
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布原―新見
多くのSLファンがD51の三重連を狙った鉄橋です。
画面右側の斜面に、三脚が乱立していましたが、今は樹木が生い茂って、入山できません。
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備中神代―布原
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根雨―黒坂
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方谷―備中川面
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方谷―井倉
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tag : 伯備線 EF64

東日本大震災被災地リポート 38

取材:2020年8月15日
岩手大船渡市三陸町越喜来
どこにでもある巨大な防潮堤と、1本のポプラの木
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この地には震災前、旅館、商店、倉庫などがあった。ポプラの木は、昭和8(1933)年の三陸大津波以降に植えられて、80年の樹齢だ。2011年の震災では、樹高25mのうち、半分まで海水に浸かって、十数回の押し波、引き波に耐えた。その姿は、住民の心を癒し、勇気を与えたと言われる。
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撮影:2011年6月26日
20110626大船渡市越喜来 002


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被災直後の越喜来の集落  撮影:2011年6月26日
20110626大船渡市越喜来 010

岩手大槌
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被災直後の大槌町  撮影:2011年6月26日
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ここには、震災前のものは何もない。2.2m嵩上げの人口地盤の上に、定規で引いたような真っすぐの道を作り、鉄道の線路も引き直した。
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被災した町役場を震災遺構として残す話もあったが、反対する住民が多く、解体された。
その場所だけが、震災時のグランドレベルを保っている。
家は少しずつ増えている。駅前には、居酒屋が何件か入る屋台村もできた。

三陸鉄道 大槌
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被災直後の大槌駅  撮影:2011年5月26日
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あらたに作られた交差点
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復興途中は電柱が目立つ  撮影:2014年8月17日
20161023大槌 022A0085

町役場跡地
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被災3年後の町役場  撮影2014年8月17日
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人口地盤の上に住宅が建つ
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被災直後は・・・  撮影2011年6月26日
20110626大槌 097

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tag : 東日本大震災 岩手 大船渡 大槌

東日本大震災被災地リポート 37

取材:2020年8月14日
宮城県女川町石浜
水産会社の大きな加工場が立ち並ぶ。高台には住宅が建つ。
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石浜団地という、高台移転区域があった。家は建ってきているが、まだ売地が目立つ。
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土地はだいたい、60坪で300万円くらいだ。団地には、町営バスが1日に3往復、6回来る。これでは生活の足には物足りない。バス停で待つ女性に聞いたら、食材の買い物は、だいたいイオンに行くそうだ。地名を聞いても分からなかったが、後で調べたら、女川駅から列車で2駅、隣りの石巻市だった。
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女川から隣町に通じる道は、海岸に沿った、曲がりくねった道が多い。これを解消する為、復興事業で道路工事があちらこちらで行われている。
誰からも文句を言わせない、公金の使い方だ。
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このトンネルは、延長710m、工費18億8000万円、県債による復興事業だ。

宮城県石巻市雄勝町雄勝
堤防の高さの人口地盤に公共施設を作っている。地場産業の“硯”の展示館や、物産の販売店がある。海産物売り場では、目の前の湾で獲れたホヤを搬入していた。
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人口地盤の更に上段は、山を整地して団地が建つ。
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宮城県南三陸町志津川
9年半前、ガレキで覆われていた場所は人口地盤で覆われ、震災復興祈念公園の巨大な円丘が作られている。
被災前のグランドレベルにある「防災庁舎」は今、どこよりも低い所に建つ。
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撮影:2011年6月25日
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JR気仙沼線 旧・志津川駅
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気仙沼ー陸前高田ー大船渡の区間は鉄路での復活を断念し、BRT(bus rapid transit=バス高速輸送システム)で運行している。

宮城県気仙沼市吉本町
BRTと巨大な白い壁
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道路も整備された方が便利だが、ここまで必要なのだろうか。
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岩手県陸前高田 「道の駅 高田松原」
古い「道の駅」の隣りに、新しい「道の駅」が完成していた。
半分が、地元物産などを販売する「道の駅」部分で、もう半分が、「東日本大震災津波伝承館」の機能を持つ。
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伝承館には、被災した消防車などの現物や、津波被害の歴史や教訓を学ぶ資料が展示されている。
そして、“奇跡の一本松“を含めた周辺が、「高田松原津波復興祈念公園」として整備されている。
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奇跡の一本松
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撮影:2011年6月18日
20110625陸前高田 043

国と自治体は、岩手、宮城、福島の3県に一つずつ、復興祈念公園を整備している。
岩手は、ここ高田松原、
宮城は、石巻市南浜町、
20200813 022A0093

福島は、巨大な原発アーカイブ施設に隣接する双葉・浪江両町の区域だ。
原子力災害アーカイブ2
未来に語り継ぐ為、いずれの場所も、膨大な公共事業が投資されている。




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tag : 東日本大震災 女川 石巻 南三陸 陸前高田

プロフィール

乙山 真

Author:乙山 真
埼玉県出身
中学生のころ写真を始める
民放のテレビ局でディレクター、記者、ニュースデスク、プロデューサーなどを経験
退職後は写真三昧の生活

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